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Interviews | File No.002

遠山 由美 探求的暮らしの愉しみ Yumi Tohyama : Artist / Shibuya, Tokyo / 2011.7.20

日本語と英語のふたつの意味をもつ両面文字による作品制作をはじめ、イギリスのカリグラフィの大家ジョンストンの著作の翻訳など、文字を切り口に様々な活動を行う遠山由美さん。槙文彦の代表作のひとつ、ヒルサイドテラスの一角にあるアトリエ兼お住まいに伺ってお話を伺った。窓の外に広がる代官山の町並みの濃い緑を目にしながらのインタビューは、由美さんの落ち着いた語り口のなかに現れる、知的な楽しさに満ちたものとなった。

現在、由美さんはスープ・ストック・トーキョーや、パス・ザ・バトンなどを手がけるご主人の遠山正道さんと、高校生のお嬢さんとの3人暮らし。

現在のように作品を制作されるようになった経緯を教えてください。

元々カリグラフィを10年くらい続けていて、そこから生じた違和感というか、日本人としての自意識とアルファベットだけを使ってカリグラフィで英語を表現することの整合性や自分の中での必然性にズレを感じていた頃、ひょんなことから書の世界と出会い、何かしらの答えがあるんじゃないかという感じがしてはじめたところ、間もなく「両面文字」という考え方に気がつきました。 そもそも歌人であった祖父の歌をどうやって英訳で 表記するかというところからはじまったので、本来歌が持っている響きだとか、日本語らしい表現 をどうやったら残せるのかを考え始めて、両面文字というひとつの解決方法があるなと思い至った のが96年ぐらいです。最初は作品として発表するつもりで制作をはじめたわけでもなく、答えを探していて自然な流れで表現しはじめたような感じです。

作品のアイデアは日々暮らしのどのような時間のなかで生まれるのでしょう?

思いつくのはいろいろな場面だったりするんですが、例えば、お米を研いでるときとか...米か、米国ねー、アメリカって意味もあるなー、仏像、フランスねー、とか。そういう作品を以前作ったこともあるんですけど。いろんな意味での両面性というか。音読み訓読みがある日本では当たり前のことかもしれない、ひとつの漢字に複数の読み方があるから。中国では、コカコーラを漢字に改めて表記するけれど(※可口可楽)日本は外来語でもカタカナで音写できてしまう。漢字、ひらがな、カタカナ、数字、アルファベットの5種類もの文字を使いこなしているのは日本しかなくて、 この文字環境は日本の国民性に影響しているはずだと思います。文字には民族意識を強めるという政策的側面もあって、アジアの最高峰として漢字が君臨してきた。そして水が低いところに流れていくように自然に、 日本に浸透した。ここでは便利なら外来語もあまり抵抗なく使うし、食事もおいしいって何でも食べるし、それなりに原型を保ちながら融合 させられるような環境が、日本にはあるんじゃないかと思います。

言葉は思考に影響しますよね。そうした言語の背景は政治や文化、気質に対して影響があるんでしょうか?

その辺を論じている研究者も沢山いるかと思いますが、やはりあるでしょうね。要するに日本はすごく特殊な国とか、人たちなんじゃないかなって思う。自然や物にでも神様が宿るみたいな独特の感覚というか。なんでもいいんだ、何を信じてもいいんだっていういい加減さというか、寛容性があるように感じます。東日本大震災でどこの国でも起こりうる問題を露呈したけれど、あまり人工的すぎないやり方で、自然な流れに逆らわない方法での復興が日本ならできる、他に先駆ける使命を与えられたのかもしれない。

5つの文字を使う、日本の気風というか文化の可能性を積極的に考えてらっしゃる感じがしますが。

こと震災に関して言えば日本人としての良い面も、悪い面も露見したように思います。「ありがとう」という言葉に象徴されるように、被災者の方から「ありがとう」という言葉がすっと出るということは感動的ですらあって、すごく日本的でいいところなんだと思います。ありがとうとは有り難い、つまり滅多にないことという意味で、単純にThank you や謝々には置き換えられない 言葉 です。それに気がついてから「ありがとう」 をテーマに 次の展覧会に向けて作品制作しています。一方、悪いことでいえば、体制迎合的で自分の意思をあいまいにしがちなことが自粛に繋がったりということもありますが。

暮らしということを考えたとき、どんなものに囲まれているかは、その人自身に影響をあたえるものだと思いますが、ものを選ぶときに意識をされていること、選ぶ基準はお持ちですか?

あまり買い物をしないんです。主人が買い物が好きなので、物は少ない方が片付けが楽だし、余計な物は増やさないでほしいと思っているんだけど 知らぬ間に増えてる(笑)、、ものを買う余地がもうないというか。

ではお買い物は遠山さんが一手に?

最近は そうでもないかな、わたしは インテリアにはこだわらない感じですね。何もない方がいい、なるべく 普遍的で、シンプルな物がいい。あとは 自然派というかあるものを活用したり、ゴミにならないものもいいですね。

遠山さんは物がお好きで、由美さんはすっきりされたい方で、バランスがとられているのかと思うんですが、どう線を?

こだわらないのがこだわりですかね。ただ、嫌だと思うものは排除してますね。本当に使う物だけで空間ができるといいなと思うので、どうやって使い勝手がよくて、自分に必要な物を選ぶかが大事ですよね。あとは、楽しいとか、なんか安心するとか、見てると想像できる、とか。唯一、不思議な物とか、時空をこえていけそうなものは惹かれて買ってしまいますが。時空の先を見られるもの、想いを馳せられるようなものはやっぱりいいですよね。

暮らしに関することで、どなたか影響を受けた人やスタイルはありますか?

今の暮らしでひとつ、食べるときはランチョンマットを敷くようにはしてますね。ニューヨークで展覧会をしたときに、たまたま作品を買ってくれた女性が、アッパーイーストに住むご婦人だったのだけど、売れない作家で困っているのだろうと思われたようで(笑)、ホテル代も高いだろうから泊まっていいわよ、といわれて、何泊かお世話になったことがあって。そのときに、そのご婦人が、どんな簡単な食事でも、ランチョンマットとリングでまとめたナプキンは欠かさなくて、その丁寧さを素敵に感じて、以来それは習慣になってますね。

由美さんにとって生活を豊かにするメディア、情報源は何ですか?

新聞とか、ラジオは朝聞いてというぐらいでしょうか。展覧会をどこでやっているとか、ブログを定期的にチェックしたりもしますが、基本的にわりとマニアックな趣味の中で生きているので...。
例えば今は、メソポタミアの楔形文字とかアラビア半島の文字をつついています。世界の主要な文字を読み書きできるようになりたいと思っているので。そういう勉強をし始めると、興味がそっちの方にひかれちゃって、いまはそれに忙しい。大学院で授業をとったりしているので、そうした関係の本だったり、新しい情報を得ています。これは相当楽しいですね。探求活動です。どこにも約束された道はないし、何の役にたつかもわからないけど、 自分にとって面白いと感じる 道を進んだ方がいいと思って情報を選んでいます。全然違う言語体系を知ることは、新しい視点の獲得に繋がる、こんなこともありか、といった視野の広がりに、今は興味があります。

視点が新しくなることで暮らしに影響はありますか?また、暮らしの中で大切にしているものは?

例えば、食べ物とかについていえば、なるべく自然のままというか手を加え過ぎないようにという考えがありますね。手間がかからないわけではないけど、出来合いのものより栄養価が高かったり、原材料もわかるし、そうやって作ると無駄になる物がない、例えば出汁をとった残りで一品つくることもできるし、なるべく自然の状態に近いものを選ぶ。でも、ストイックにというわけではなく無理のない範囲で。野生にもどるというか、あたりまえのことを大切にしたいので。食べ物に関して以外も、元に近いものを知りたいな、元をたどって、それに近い物を手にいれたりしたい、という性質がありますね。

原文をあたるのもそうですけど、元を辿るという一貫した方向性を、何に対しても実践されてらっしゃるんですね。

そうですね。シュメール文字で、「ドゥブサル」という言葉があって、粘土板に書く人すなわち「書記」という意味。わたしは、「21世紀のドゥブサル」を目指すつもりでいます。21世紀のドゥブサルの定義はこれから決めます。気づかなかったことに、当たり前のことに気がつくということ、人生の中で大切だと思います。

お話を伺ったリビングの本棚には、現在研究・習得中のアラビア語文化圏に関する本がぎっしりと詰まっていた。アーティストであり、研究者であり、家庭の主婦でもある由美さんの、気負うところなく、すべてに共通した好奇心と探究心で向き合っている姿が印象的でした。

Interview: Tadatomo Oshima (IDÉE), Photo: Masahiro Sanbe

遠山 由美
東京生まれ。文字美術家。1999年より作品を発表、国内を中心に全米ヨーロッパなどで個展、グループ展多数。

写真:間瀬 修

1976年 愛知県生まれ
1997年 名古屋造形芸術短期大学卒業
1998年 カメラマンアシスタントとして色々な現場を経験する
2000年 フリーランスのフォトグラファーとして独立、人も物も料理も色々撮る

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